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脳内補正
吸音カーテンの追記を書こうとしたのだが、独立したテーマとした方がよさそうだと思い、そうすることとした。
吸音カーテンを設置してからしばらくして、「Fride Pride / That's My Way」を聴いたのだが、この曲も最初のギターの定位位置が分からなくなってしまっていた。Misiaのボーカルと同じ現象だ。今まで壁の一次反射を含んだ音を聴き、定位の位置を壁際にイメージしていた。それが、反射がなくなったために、別の位置に定位が移動したのを、脳が追尾し、補正しきれていないのだろう。
脳内補正とはいったいどれほどのものなのか。
コンタクトレンズとメガネを併用している人は分かると思うが、これらをはじめて使用したときの焦点の当て方、遠近感はかなり違う。コンタクトレンズは裸眼に近い。ところが、メガネはそれよりかなり近くに見えて、慣れないうちは相当戸惑う。たとえば、そんな時に階段を下りようなんてすると、相当恐い思いをする。なんせ、階段の目に見えている位置より、自分の足の感覚はその段の下にある、自分の膝くらいの位置に階段が見えている、つまり踏み出す前から踏み外しているような感覚なのだ。しかし、なんと1時間もしないうちに、無意識に遠近感を補正して、コンタクトもメガネも、どちらもまったく違和感なく装着できるようになってしまうのだ。みごとな脳内補正の好例であろう。
音の聴こえる方向も、脳内補正の賜物らしい。ある方向からくる音が、人間の頭や耳を回り込んで右耳と左耳にそれぞれ入ってくる、その音の左右の聴こえ方の違いで方向を判断するんだとか。もちろん、左右の方向ばかりでなく、前後も上下もだ。その平均的な頭部伝達関数とやらを計算し、利用したバーチャルサラウンドは、人によってはまったくサラウンドには感じられないんだとか。詳しくは、小寺信良氏のコラム「悩みは尽きぬバーチャルサラウンドの世界」を参照されたし。あ、みんな読んでるって?
もうひとつ、こっちにも脳内補正の面白い事例、「誤字等の館:ひらなが」がある。ここまでくると笑える。
これらと同じように自宅のオーディオを聴くときも、音の実体感だとか、音像、定位、音場、それらには脳内補正が働いて、自分だけのリアリティを感じているんだろうなぁ。初めてのオーディオショップで試聴するときに、その音をどう判断してよいのかしばらく分からないのは、補正が働かないからじゃないだろうか。
そう考えると、生演奏を聴きなれているからとか言っても安心はできないかもよ。コンタクトレンズとメガネとが、どちらもまったく違和感を感じなくなったように、自宅のオーディオが多少変な音でも脳内補正されて、生演奏とまったく同じように感じているだけかもしれないのだ。
エイジングというのは、脳内補正の影響も相当あるのかな。いや、タイムスケールがちょっと違うか。脳内補正というよりも、自己暗示かも。
「KOKIA / peal 〜The Best Collection」を目を閉じてジッと聴いていたら分かってきた。KOKIAのよく澄んだボーカルは、壁の少し向こう側に定位しているようなのだ。目を開けていると、壁の向こうから音がするというその矛盾に、脳が抵抗して定位を判断できなくしているのかもしれない。逆脳内補正だね。ちゅーか、オレの脳はそんなに柔軟性がないんかいっ。
なんか吸音カーテンの影響分析は、しばらく続きそうだなぁ。
吸音カーテンを設置してからしばらくして、「Fride Pride / That's My Way」を聴いたのだが、この曲も最初のギターの定位位置が分からなくなってしまっていた。Misiaのボーカルと同じ現象だ。今まで壁の一次反射を含んだ音を聴き、定位の位置を壁際にイメージしていた。それが、反射がなくなったために、別の位置に定位が移動したのを、脳が追尾し、補正しきれていないのだろう。
脳内補正とはいったいどれほどのものなのか。
コンタクトレンズとメガネを併用している人は分かると思うが、これらをはじめて使用したときの焦点の当て方、遠近感はかなり違う。コンタクトレンズは裸眼に近い。ところが、メガネはそれよりかなり近くに見えて、慣れないうちは相当戸惑う。たとえば、そんな時に階段を下りようなんてすると、相当恐い思いをする。なんせ、階段の目に見えている位置より、自分の足の感覚はその段の下にある、自分の膝くらいの位置に階段が見えている、つまり踏み出す前から踏み外しているような感覚なのだ。しかし、なんと1時間もしないうちに、無意識に遠近感を補正して、コンタクトもメガネも、どちらもまったく違和感なく装着できるようになってしまうのだ。みごとな脳内補正の好例であろう。
音の聴こえる方向も、脳内補正の賜物らしい。ある方向からくる音が、人間の頭や耳を回り込んで右耳と左耳にそれぞれ入ってくる、その音の左右の聴こえ方の違いで方向を判断するんだとか。もちろん、左右の方向ばかりでなく、前後も上下もだ。その平均的な頭部伝達関数とやらを計算し、利用したバーチャルサラウンドは、人によってはまったくサラウンドには感じられないんだとか。詳しくは、小寺信良氏のコラム「悩みは尽きぬバーチャルサラウンドの世界」を参照されたし。あ、みんな読んでるって?
もうひとつ、こっちにも脳内補正の面白い事例、「誤字等の館:ひらなが」がある。ここまでくると笑える。
これらと同じように自宅のオーディオを聴くときも、音の実体感だとか、音像、定位、音場、それらには脳内補正が働いて、自分だけのリアリティを感じているんだろうなぁ。初めてのオーディオショップで試聴するときに、その音をどう判断してよいのかしばらく分からないのは、補正が働かないからじゃないだろうか。
そう考えると、生演奏を聴きなれているからとか言っても安心はできないかもよ。コンタクトレンズとメガネとが、どちらもまったく違和感を感じなくなったように、自宅のオーディオが多少変な音でも脳内補正されて、生演奏とまったく同じように感じているだけかもしれないのだ。
エイジングというのは、脳内補正の影響も相当あるのかな。いや、タイムスケールがちょっと違うか。脳内補正というよりも、自己暗示かも。
「KOKIA / peal 〜The Best Collection」を目を閉じてジッと聴いていたら分かってきた。KOKIAのよく澄んだボーカルは、壁の少し向こう側に定位しているようなのだ。目を開けていると、壁の向こうから音がするというその矛盾に、脳が抵抗して定位を判断できなくしているのかもしれない。逆脳内補正だね。ちゅーか、オレの脳はそんなに柔軟性がないんかいっ。
なんか吸音カーテンの影響分析は、しばらく続きそうだなぁ。
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