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naruさん宅訪問試聴
去る8月16日、Taoさんとnaruさんとpontaさんが我が家のオーディオを聴くために来訪された。その模様は、
AcousticTao / 1251:Never heard before
ポンタとオーディオと音楽と / へい。邸OFF会
に掲載していただいた。
このご縁で、今回9月20日、Taoさんpontaさんと連れ立って、naruさん宅におじゃました。
12畳のオーディオルームに所狭しと並ぶ機器、CD系は上流から、dCS、MarkLevinson No32L、darTZeel NHB-108のマルチアンプ、JBL M9500。アナログ系はプレーヤーがLinn LP12ともう1台(メーカーはチェックしなかった)、レビンソンのDAに繋がっているような。それにルームアコースティックにも余念がなく、QRDが要所要所に敷き詰められている。
まずCDの音を聴かせていただいた。大いに驚いた点が3点。
ひとつは、低域から高域までバランスよくメリハリの利いた濃い音がする点だ。私はこれまで、二者択一の問題だと考えていた。それは、中低域の太さか、高域の解像度かである。どの帯域を好みに仕上げ、どの帯域を犠牲にするか、という選択である。しかし、naruさんのお宅では、犠牲になっている帯域が見当たらないのである。どーゆーことだ。
秘訣はこれかも。M9500の内側に配置されたツイーター+スーパーツイータが目に入った。10kHz以上と19kHz以上を担当させているとのこと。なるほど、中高域はこれで納得したとしておこう、とりあえず。しかし、低域のメリハリが分からない。以前ショップで聴いたJBL 9600はドロドロの低域だったし、darTZeel×2発のマルチであったとしても、ダールがここまで9500をドライブできるのだろうか。
これについては、JBLは非常に能率のよいスピーカーであるという解説と、9500のネットワークを通さずにチャンデバから直接繋いでいるという技で納得しておいた。それが理由のすべてでない事は、35年というnaruさんのオーディオ暦と、いかにも手間隙かけてチューンされていそうなその部屋の様子をみれば、十分推察される。ほんの数年のオーディオ小僧(by naruさん)には遠く想像も及ばないものがあるのだろう。
大いに驚いた点の2つ目。部屋全体が音を響かせ、音楽に包まれるように感じられることである。我が家は吸音のみのルームアコースティック、この部屋は拡散中心。ここまで音楽が違って聴こえるのだなぁ。
聴いているうちに、ふと思った。吸音ばかりの我が家で聴いている私が、UKソウルに惹かれるのは、そのせいもあるのかも。UKソウルのとつとつとしたボーカルのシンプルな音楽は、反響のない部屋で聴くのに合っているのかも。オーディオシステムが聴く者の音楽の好みに影響を与えてしまうというのは、薄々感づいていたことでもある。
3点目は、なんと言っても大音量。夜寝る前に音楽を聴くことを習慣としてしまった私は、小音量派である。しかし、中学高校生の頃は、ハードロック好きの大音量派であった。大学生の頃も楽しみ方は違うが、ディスコ好きの大音量派。音楽を楽しんだ直後は、いつも耳がキーンと鳴っていた。
その大音量派だった頃の、音楽のよさ、感動がよみがえってきたのだ。うーん、いーなー、大音量。マンションの我が家では大音量は無理なので、ヘッドホンでも買おうかなぁ。本気でそう考えてしまった。
この後はアナログを聴かせていただいた。アナログはあまり聴かないので、聴き所、評価ポイントがよく分からないんだよなぁ・・・。この滑らかで引っかかりのない音がアナログの良さなのかなぁ。シンバルにスティックが当たる瞬間のカッという音や、ギターの弦を指で弾く瞬間のブッという音、なんてーのを聴こうとしちゃいかんのだろーなー。
なーんて頭で理解しようとしていたのだが、「Deep Purple / Smoke On The Water」と「Simon & Garfunkel / Mrs. Robinson」を聴いたとたんに体が理解した。これも中学高校生の頃にLPで聴いていた感動がよみがえってきたのである。この2曲、上京して大学を卒業して社会人になってからCDで買いなおしたのだが、ちっとも感動しなくって。オレの感性も変わってしまったんだなぁ、渋谷陽一も「30過ぎたらロックは聴けなくなる」とか言ってたもんなぁ、などと諦めていた曲だ。私の感性が変わったわけではなかった。どうやらCDには感動させる何かが欠けていたのだ。
アナログのよさを始めて理解した。カラダで。
今までショップの試聴では感じなかった音楽の感動、小音量で聴けなかった音楽の喜びをよみがえらせてくれたnaruさんのオーディオの音。今夜も町の巨匠に感謝!(by TBS チューボーですよ! / 堺正章)
AcousticTao / 1251:Never heard before
ポンタとオーディオと音楽と / へい。邸OFF会
に掲載していただいた。
このご縁で、今回9月20日、Taoさんpontaさんと連れ立って、naruさん宅におじゃました。
12畳のオーディオルームに所狭しと並ぶ機器、CD系は上流から、dCS、MarkLevinson No32L、darTZeel NHB-108のマルチアンプ、JBL M9500。アナログ系はプレーヤーがLinn LP12ともう1台(メーカーはチェックしなかった)、レビンソンのDAに繋がっているような。それにルームアコースティックにも余念がなく、QRDが要所要所に敷き詰められている。まずCDの音を聴かせていただいた。大いに驚いた点が3点。
ひとつは、低域から高域までバランスよくメリハリの利いた濃い音がする点だ。私はこれまで、二者択一の問題だと考えていた。それは、中低域の太さか、高域の解像度かである。どの帯域を好みに仕上げ、どの帯域を犠牲にするか、という選択である。しかし、naruさんのお宅では、犠牲になっている帯域が見当たらないのである。どーゆーことだ。
秘訣はこれかも。M9500の内側に配置されたツイーター+スーパーツイータが目に入った。10kHz以上と19kHz以上を担当させているとのこと。なるほど、中高域はこれで納得したとしておこう、とりあえず。しかし、低域のメリハリが分からない。以前ショップで聴いたJBL 9600はドロドロの低域だったし、darTZeel×2発のマルチであったとしても、ダールがここまで9500をドライブできるのだろうか。
これについては、JBLは非常に能率のよいスピーカーであるという解説と、9500のネットワークを通さずにチャンデバから直接繋いでいるという技で納得しておいた。それが理由のすべてでない事は、35年というnaruさんのオーディオ暦と、いかにも手間隙かけてチューンされていそうなその部屋の様子をみれば、十分推察される。ほんの数年のオーディオ小僧(by naruさん)には遠く想像も及ばないものがあるのだろう。
大いに驚いた点の2つ目。部屋全体が音を響かせ、音楽に包まれるように感じられることである。我が家は吸音のみのルームアコースティック、この部屋は拡散中心。ここまで音楽が違って聴こえるのだなぁ。
聴いているうちに、ふと思った。吸音ばかりの我が家で聴いている私が、UKソウルに惹かれるのは、そのせいもあるのかも。UKソウルのとつとつとしたボーカルのシンプルな音楽は、反響のない部屋で聴くのに合っているのかも。オーディオシステムが聴く者の音楽の好みに影響を与えてしまうというのは、薄々感づいていたことでもある。
3点目は、なんと言っても大音量。夜寝る前に音楽を聴くことを習慣としてしまった私は、小音量派である。しかし、中学高校生の頃は、ハードロック好きの大音量派であった。大学生の頃も楽しみ方は違うが、ディスコ好きの大音量派。音楽を楽しんだ直後は、いつも耳がキーンと鳴っていた。
その大音量派だった頃の、音楽のよさ、感動がよみがえってきたのだ。うーん、いーなー、大音量。マンションの我が家では大音量は無理なので、ヘッドホンでも買おうかなぁ。本気でそう考えてしまった。
この後はアナログを聴かせていただいた。アナログはあまり聴かないので、聴き所、評価ポイントがよく分からないんだよなぁ・・・。この滑らかで引っかかりのない音がアナログの良さなのかなぁ。シンバルにスティックが当たる瞬間のカッという音や、ギターの弦を指で弾く瞬間のブッという音、なんてーのを聴こうとしちゃいかんのだろーなー。
なーんて頭で理解しようとしていたのだが、「Deep Purple / Smoke On The Water」と「Simon & Garfunkel / Mrs. Robinson」を聴いたとたんに体が理解した。これも中学高校生の頃にLPで聴いていた感動がよみがえってきたのである。この2曲、上京して大学を卒業して社会人になってからCDで買いなおしたのだが、ちっとも感動しなくって。オレの感性も変わってしまったんだなぁ、渋谷陽一も「30過ぎたらロックは聴けなくなる」とか言ってたもんなぁ、などと諦めていた曲だ。私の感性が変わったわけではなかった。どうやらCDには感動させる何かが欠けていたのだ。
アナログのよさを始めて理解した。カラダで。
今までショップの試聴では感じなかった音楽の感動、小音量で聴けなかった音楽の喜びをよみがえらせてくれたnaruさんのオーディオの音。今夜も町の巨匠に感謝!(by TBS チューボーですよ! / 堺正章)


