My Favorite ミュージックビデオ (前編)
私が、この映像付きの音楽の呼び方を「ミュージックビデオ」に統一しようと決めたのは、つい最近のこと。数年前まで、音楽の映像は主にCDの宣伝のためにレコード会社により制作され、「プロモーションビデオ」と呼ばれていた。それが近年、SMEが金を取ってスペースシャワーTVあたりに貸し出しをはじめ、金を取るのに「プロモーションビデオ」ではまずかろうと、「ミュージッククリップ」とか「ビデオクリップ」とか呼び始めた。でも、私的にはなんかどっちもイメージがつかめず、「ミュージックビデオ」が一番しっくりと万人に分かりやすいと思って、そう呼ぶことにした。
で、この映像付き音楽についての思いを語ってしまおうと思ふ。
「プロモーションビデオ(略してPV)」をはじめて作ったのが誰かは知らない。でも、日本でPVをメジャーにしたのは、小林克也さんの「ベストヒットUSA」であることは、誰も文句の付けようのない事実であろう。頃は80年代初頭、家庭用録画メディアのVHSとβの覇権をかけての争いが真っ盛りな頃。私のマニアな友人はβを持っていて、「ベストヒットUSA」や「MTV」を鬼のように録画してた。
当時ファッションはハマトラ、ボートハウスとかあったね。VANはちょっと下火だった。女性誌はan an、CanCam、は今でもメジャーか。男性誌はPOPEYEとHot-Dog Press。私はHot-Dog派だった。DCブランドはこのすぐ後ブームに。
風俗としてはディスコ全盛、六本木に内装1億円のハコができたとか、沖縄には3億だとか騒がれた頃。前者はマジック、お気に入りでよく行ってた。後者はスクランブル、松山の交差点でタクシーを降りてすぐの所だった。ウチナンチューに足を踏んだとカラまれた思い出がある。当時は、女の子を巡ってウチナンチューとナイチャーがよくモメてたとか。
そんなわけで音楽はユーロビート、ダンスステップでは手で波の形を作ってサーファー踊りなんてやってたなぁ。遊び人の代表はディスコの黒服で、でも黒服に言わせると、学生ツアーのスタッフの方が遊んでいたとか。この後、マハラジャ、King&Queen、ボディコン、お立ち台と流行は続いた。
健康的な方面だと、スキーが真っ盛り。金曜の夜の西新宿は、夜行バスでスキー場へ向かう、板を担いだスキーヤーたちであふれていた。ゲレンデでも、滑る時間よりリフト待ちの方が長かったね。私は志賀高原が専門だったので、朝一番で比較的空いている発哺温泉や西館山に逃げるのが常だった。夏はウィンドサーフィンの流行り始めだった。今みたくショートボードじゃなくて、ロングの重いやつだ。風を受けて走るより、沖でプカプカ浮かんでいる方が好きだったけど、気をつけないとすぐ流されてた。
まさにバブルの入り口だった。って昔話をしだすとキリがなくなっちゃうね。「まとめてJ-POP」にもかなり書いたのに、またひとりで盛り上がってしまった・・・
そうそうPVのお話し。初期の頃のPVは今観るとあんまりタイシタことないね。バンドのメンバーが砂漠や街をひたすら行進したり、部屋で大騒ぎしたりする、あまり意味のない映像が多かったような気がする。小林克也さんが言ってたけど、当時から映像に力を入れていたのは、マイケル・ジャクソンとマドンナと、デュラン・デュランの3組だったらしい。マイケルとマドンナはうなずけるけど、デュラン・デュランはどうだろ。「Duran Duran / Greatest The DVD」を買ってみたけど、それほど印象に残る映像はなかったようだ。金は掛かってたかもしれないけど。
このDVDで「グラビアの美少女」を初めてフル尺で観たけど、こりゃエロビデオだね。当時TVでは、比較的露出の少ないカットしか放映してなかったんだね。そうそう、むさいバンドのメンバーの映像と、色っぽいねーちゃんの過激なポーズを交互に映すというのもこの頃よくあったPVの特徴のひとつ。米国じゃ、PVも最初はエロで流行ったのかも。ちょっと夢が壊れた。
小林克也さんと言えば、「ベストヒットUSA」は自分のライフワークだと公言して、儲けなしで、ひょっとしたら身銭を切ってまで続けられているようだ。たいしてお力になれなかったが、応援したい。
ここらで80年代の、私のお気に入りPV ベスト5をご披露。ザ・ベストテンのパネル風。
もちろんこれら以外にも秀逸なPVは沢山あった。ただ、やっぱりこの頃のPVで、映像が音楽と一体となって記憶に焼きついたものは少ない。
追記
ひとこと書き添えるが、貧乏学生のくせに遊びまわれたのには、ある秘訣があったのだ。そう、遊ばせる側のバイトをすればいいのだ。ってこれを読みに来る人には貧乏学生はいないだろうから、無駄な情報だったね。
「My Favorite ミュージックビデオ(後編)」
で、この映像付き音楽についての思いを語ってしまおうと思ふ。
「プロモーションビデオ(略してPV)」をはじめて作ったのが誰かは知らない。でも、日本でPVをメジャーにしたのは、小林克也さんの「ベストヒットUSA」であることは、誰も文句の付けようのない事実であろう。頃は80年代初頭、家庭用録画メディアのVHSとβの覇権をかけての争いが真っ盛りな頃。私のマニアな友人はβを持っていて、「ベストヒットUSA」や「MTV」を鬼のように録画してた。
当時ファッションはハマトラ、ボートハウスとかあったね。VANはちょっと下火だった。女性誌はan an、CanCam、は今でもメジャーか。男性誌はPOPEYEとHot-Dog Press。私はHot-Dog派だった。DCブランドはこのすぐ後ブームに。
風俗としてはディスコ全盛、六本木に内装1億円のハコができたとか、沖縄には3億だとか騒がれた頃。前者はマジック、お気に入りでよく行ってた。後者はスクランブル、松山の交差点でタクシーを降りてすぐの所だった。ウチナンチューに足を踏んだとカラまれた思い出がある。当時は、女の子を巡ってウチナンチューとナイチャーがよくモメてたとか。
そんなわけで音楽はユーロビート、ダンスステップでは手で波の形を作ってサーファー踊りなんてやってたなぁ。遊び人の代表はディスコの黒服で、でも黒服に言わせると、学生ツアーのスタッフの方が遊んでいたとか。この後、マハラジャ、King&Queen、ボディコン、お立ち台と流行は続いた。
健康的な方面だと、スキーが真っ盛り。金曜の夜の西新宿は、夜行バスでスキー場へ向かう、板を担いだスキーヤーたちであふれていた。ゲレンデでも、滑る時間よりリフト待ちの方が長かったね。私は志賀高原が専門だったので、朝一番で比較的空いている発哺温泉や西館山に逃げるのが常だった。夏はウィンドサーフィンの流行り始めだった。今みたくショートボードじゃなくて、ロングの重いやつだ。風を受けて走るより、沖でプカプカ浮かんでいる方が好きだったけど、気をつけないとすぐ流されてた。
まさにバブルの入り口だった。って昔話をしだすとキリがなくなっちゃうね。「まとめてJ-POP」にもかなり書いたのに、またひとりで盛り上がってしまった・・・
そうそうPVのお話し。初期の頃のPVは今観るとあんまりタイシタことないね。バンドのメンバーが砂漠や街をひたすら行進したり、部屋で大騒ぎしたりする、あまり意味のない映像が多かったような気がする。小林克也さんが言ってたけど、当時から映像に力を入れていたのは、マイケル・ジャクソンとマドンナと、デュラン・デュランの3組だったらしい。マイケルとマドンナはうなずけるけど、デュラン・デュランはどうだろ。「Duran Duran / Greatest The DVD」を買ってみたけど、それほど印象に残る映像はなかったようだ。金は掛かってたかもしれないけど。
このDVDで「グラビアの美少女」を初めてフル尺で観たけど、こりゃエロビデオだね。当時TVでは、比較的露出の少ないカットしか放映してなかったんだね。そうそう、むさいバンドのメンバーの映像と、色っぽいねーちゃんの過激なポーズを交互に映すというのもこの頃よくあったPVの特徴のひとつ。米国じゃ、PVも最初はエロで流行ったのかも。ちょっと夢が壊れた。
小林克也さんと言えば、「ベストヒットUSA」は自分のライフワークだと公言して、儲けなしで、ひょっとしたら身銭を切ってまで続けられているようだ。たいしてお力になれなかったが、応援したい。
ここらで80年代の、私のお気に入りPV ベスト5をご披露。ザ・ベストテンのパネル風。
| 第1位 | Robert Palmer / Addicted to Love |
| これは単に個人の好みの問題なのかもしれないが、金を掛ければいいってもんじゃ・・・というのがよく分かるPVだ。いや〜、カッコイイ!ダントツの1位。邦題は「恋におぼれて」。 | |
| 第2位 | Madonna / Vogue |
| この映像の振りさえもダンススタイルとして流行らせてしまったPV。MTVアワードのショーも見事だった。マドンナはこの他に「Cherish」のPVも好きなんだけどね。 | |
| 第3位 | Michael Jackson / Black or White |
| マイケル・ジャクソンと言えば、1にスリラー、2にビート・イットあたりなんだろうが、私としては、このPVの心がほわっと温まるような映像が好きだ。でも曲が終わった後の、訳の分からないマイケルのダンスシーンはとっても蛇足だ。 | |
| 第4位 | Sade / Smooth Operator |
| 声も姿もとても印象的なシャーデー。映像は彼女の魅力をとてもよく引き立たせていて、私は一発でシャーデーに恋をした。このアーティストだけは、誰にもマネのできない、唯一無二の魅力を持っていると思わせる。 | |
| 第5位 | Herbie Hancock / Rockit |
| 人間の姿は、本人がセットのモニターの中にしか出てこないという、当時としては画期的な映像だった。それにPVは、若手ミュージシャンのものという思い込みがあったのだが、こんな大物も出すのかという意外性&アリガタさもあった。 | |
もちろんこれら以外にも秀逸なPVは沢山あった。ただ、やっぱりこの頃のPVで、映像が音楽と一体となって記憶に焼きついたものは少ない。
![]() | 「Robert Palmer / Addicted to Love」のPVが観たい一心で買った「BACK TO THE 80's」。他にも懐かしいPVが満載の全32曲だ! |
追記
ひとこと書き添えるが、貧乏学生のくせに遊びまわれたのには、ある秘訣があったのだ。そう、遊ばせる側のバイトをすればいいのだ。ってこれを読みに来る人には貧乏学生はいないだろうから、無駄な情報だったね。
「My Favorite ミュージックビデオ(後編)」
Copy-Protected CD, DualDisc - 「Heather Headley / in my mind」
Heather Headleyの1stアルバム「this is who I am.」が結構よかったので、当然2ndアルバムに期待していた。そしたら、今年1月に「in my mind」がリリース。やった!、と思ったがamazon.co.jpには、まさかの"Copy-Protected CD"の表記。え”〜、と思ってあわててHMVを見ると"コピーコントロールCD"とある。レーベルを確認したらRCAと。SONY BMGだ、やられた。
しかし、ネットではCD-DAだという声もあり、真相はどっちだと、あれこれ探って回った。米amazon.comには"Copy-Protected CD"の表記はない。う〜ん、これは買ってみるしかないか。
amazon.co.jpには、DualDiscのものもある。ミュージックビデオがあるなら、それも見たい。CDが再生できなくても、ミュージックビデオが見れれば上出来と思いこのDualDiscを買ってみることにした。
家に届いたDualDiscのケースの裏面を見たら、
"The audio side of this disc dose not conform to CD specifications and therefore not all DVD and CD players will play the audio side of this disc."
の表記が。やっぱり、やられた。
ケースを開けてみたら、お皿が1枚。お〜これは、表裏にCD面とDVD面のあるヤツだ〜。見るのは始めてだ。CDとDVDが2枚入っていると思っていたので、ちょっとビックリ。ちなみに、CD面、DVD面の判別は、写真のように中心の穴の周辺に"CD, THIS SIDE UP"とか書いてある。
早速DVD sideにしてDV-S969AViに挿入。なんだー、これ?以降、メニューに沿って内容を紹介する。ちなみに、再生できてるからリージョンフリーのようだ。
●メニュー1
CD sideと同じアルバム12曲が静止画のHeatherの写真とともに収録されている。AVアンプには"Dolby Prologic 2"の表示が。何でも2chステレオの音源を、5.1chに拡張するデコード手法だとか。でも、これってDVD-Audioじゃあないんだよねぇ。CD sideと同じ内容で何の意味があるんだろうか。
●メニュー2
Heatherへのインタビューと、ピアノ1台の脇にHeatherが座って唄っている映像が交互に収録されている。曲は、「i wish i wasn't」これは1stアルバムの曲、「in my mind」、それと「the letter」の3曲。シーンセレクトができないから、インタビュー部分が観たくなければ早送りするしかない。これじゃ繰り返し観るなんてことは、想定されてないね。ただのオマケだ。
これも"Dolby Prologic 2"の表示。US盤だから当然字幕なんてない。
●メニュー3
フォトギャラリー。写真には興味ないから見ていない。
結論としては、あまりたいしたことのないDVD sideだ。CD sideが再生できない人向けの保険みたいな姑息な手段か。なんて考えたら、また腹が立ってきた。ケースには「CD仕様には準拠してない」とか書いておきながら、discには「CD side」みたいな表記があるし。これがフィリップスと共に自らRed Bookを定めたSONYのすることだろうか。その昔、SONY社員は、Red BookやRainbow Bookを黄門さまの印籠のごとくかざして、「お前ら音楽で商売がしたいんだったら、これに従え!」なんて偉そうに言ってたよぉ。オレは「へへ〜い」って言うしかなかったんだから。
自己矛盾に陥るのは勝手だとしても、それを消費者のせいにして、こっちにリスクを負わせているのは、許しがたいよね。あ、自己矛盾じゃないのか、PCへのコピーをさせないことによって、自らのライセンス料収入の元であるCDというメディアを減らさないようにしているんだ。消費者の小さな不利益なんてどうでもいいんだよね、SONYは。余計に腹立ってきた。
・・・さて、気を取り直してCD sideは、我が家のNo390SLで再生できるのだろうか、ってできた。シークを何回も繰り返すようなおかしな挙動はないように見える。が、怖いから再生は控えようかなぁ。悩み中だ。
そんななか、5/24にBMGファンハウスから邦盤がリリースされるようだ。米SONY BMGと大違いでBMGファンハウスはとっても良心的だ。安心して買ってよいだろう。でもUS盤と比べるとちと高いか。
しかし、米amazon.comにはなんで"Copy-Protected CD"の表記がないんだろう。まさかSONY BMGの片棒担いでるんじゃないだろうなぁ。なんだか信用できなくなってしまった。
しかし、ネットではCD-DAだという声もあり、真相はどっちだと、あれこれ探って回った。米amazon.comには"Copy-Protected CD"の表記はない。う〜ん、これは買ってみるしかないか。
amazon.co.jpには、DualDiscのものもある。ミュージックビデオがあるなら、それも見たい。CDが再生できなくても、ミュージックビデオが見れれば上出来と思いこのDualDiscを買ってみることにした。
家に届いたDualDiscのケースの裏面を見たら、
"The audio side of this disc dose not conform to CD specifications and therefore not all DVD and CD players will play the audio side of this disc."
の表記が。やっぱり、やられた。
ケースを開けてみたら、お皿が1枚。お〜これは、表裏にCD面とDVD面のあるヤツだ〜。見るのは始めてだ。CDとDVDが2枚入っていると思っていたので、ちょっとビックリ。ちなみに、CD面、DVD面の判別は、写真のように中心の穴の周辺に"CD, THIS SIDE UP"とか書いてある。
![]() | しかし、これやっぱ扱いにくいよね。記録面に触ってしまいそうだ。こんなことしたって、コストはたいして下がらないだろうに。 |
早速DVD sideにしてDV-S969AViに挿入。なんだー、これ?以降、メニューに沿って内容を紹介する。ちなみに、再生できてるからリージョンフリーのようだ。
●メニュー1
CD sideと同じアルバム12曲が静止画のHeatherの写真とともに収録されている。AVアンプには"Dolby Prologic 2"の表示が。何でも2chステレオの音源を、5.1chに拡張するデコード手法だとか。でも、これってDVD-Audioじゃあないんだよねぇ。CD sideと同じ内容で何の意味があるんだろうか。
●メニュー2
Heatherへのインタビューと、ピアノ1台の脇にHeatherが座って唄っている映像が交互に収録されている。曲は、「i wish i wasn't」これは1stアルバムの曲、「in my mind」、それと「the letter」の3曲。シーンセレクトができないから、インタビュー部分が観たくなければ早送りするしかない。これじゃ繰り返し観るなんてことは、想定されてないね。ただのオマケだ。
これも"Dolby Prologic 2"の表示。US盤だから当然字幕なんてない。
●メニュー3
フォトギャラリー。写真には興味ないから見ていない。
結論としては、あまりたいしたことのないDVD sideだ。CD sideが再生できない人向けの保険みたいな姑息な手段か。なんて考えたら、また腹が立ってきた。ケースには「CD仕様には準拠してない」とか書いておきながら、discには「CD side」みたいな表記があるし。これがフィリップスと共に自らRed Bookを定めたSONYのすることだろうか。その昔、SONY社員は、Red BookやRainbow Bookを黄門さまの印籠のごとくかざして、「お前ら音楽で商売がしたいんだったら、これに従え!」なんて偉そうに言ってたよぉ。オレは「へへ〜い」って言うしかなかったんだから。
自己矛盾に陥るのは勝手だとしても、それを消費者のせいにして、こっちにリスクを負わせているのは、許しがたいよね。あ、自己矛盾じゃないのか、PCへのコピーをさせないことによって、自らのライセンス料収入の元であるCDというメディアを減らさないようにしているんだ。消費者の小さな不利益なんてどうでもいいんだよね、SONYは。余計に腹立ってきた。
・・・さて、気を取り直してCD sideは、我が家のNo390SLで再生できるのだろうか、ってできた。シークを何回も繰り返すようなおかしな挙動はないように見える。が、怖いから再生は控えようかなぁ。悩み中だ。
そんななか、5/24にBMGファンハウスから邦盤がリリースされるようだ。米SONY BMGと大違いでBMGファンハウスはとっても良心的だ。安心して買ってよいだろう。でもUS盤と比べるとちと高いか。
しかし、米amazon.comにはなんで"Copy-Protected CD"の表記がないんだろう。まさかSONY BMGの片棒担いでるんじゃないだろうなぁ。なんだか信用できなくなってしまった。
![]() | Heather Headley / in my mind 以前も書いたが、アーティストには罪がないと思われるのが、この問題のイヤラシイところだ。 |
まとめてJ-POP
J-POPというジャンルはいつ頃からできたんだろうね。音楽をジャンルに分類するということが、とても意味のないことだということは常々感じている。でも、人に音楽のことを話すときには、やっぱりジャンルってのは便利だよね。
歌謡曲やフォークが、まだ詞のひと文字にひとつの音符を当てていた昔、確か吉田拓郎さんあたりが洋楽みたいに一語(word)ごとにメロディに乗せて唄いだしたのが、ひとつの邦楽の転換点だったと思う。そう「結婚しようよ」とかだね。どうやらそのあたりから、フォークソングからニューミュージックというジャンルが派生したという説が有力のようだ。
私の感覚から言うと、ニューミュージックの起源といわれる吉田拓郎さんや井上陽水さんは、まだまだ社会的なメッセージ性が強くて、昔からのフォークソングの延長にあると感じている。ニューミュージックっていうのは、もう少しアカ抜けて、ごく私的な詞にPOPなメロディをつけた、それよりちょっと後の荒井由実あたりからじゃないかと感じている。
そのニューミュージックが真っ盛りの頃に、私の青春も真っ盛りであった。なんか恥ずかしいゾ! まさにその頃の話しだ。
ニューミュージックを代表するメジャーアーティストといえば、松任谷由実、イルカ、中島みゆき、杏里、山下達郎、大滝詠一あたりか。で、その次のセカンドグループぐらいにいた、中原めいこ、門あさ美、須藤薫、当山ひとみの4人が、私の仲間内では定番のドライビングミュージックだった。そうホイチョイ・プロダクションズの「私をスキーに連れてって」の頃かな。懐かしすぎて、涙が出そうだ。
はじめてデートに誘う女の子に「この曲知ってる?いいだろ『当山ひとみ』って言うんだよ」なんて、ちょっと遊び慣れてる風に教えてあげるのが、とってもカッコイイと思っていた。ユーロビート一色だった同世代のなかで、ちょっと意外性のある、でもセンスのいい選曲で、スタンスの広さを見せたかった。いやいや、そんな不純な動機ばかりじゃなくて、自分が見つけた「いいアーティスト」を他の人にも教えてあげたい、そういう純粋な気持ちの方が80%くらいだったんだけどね。ホントだってばさ。
言い忘れたが、この頃はまだオーディオを知らない。
あれからもう20年くらいが過ぎてしまった。世の中のことが分かってきて、再販制度で守られているレコード業界も市場原理から隔離されているわけではなくて、どんなに唄のうまいアーティストでも、CDが売れなきゃ姿を消してしまうということを、悲しいくらいに知ってしまった。そうそう、気がついたらニューミュージックという言葉も聞かれなくなって、代わりにJ-POPというジャンルが現われていた。
貧乏学生だった頃は、CD買う金があったら、まともにメシを食いたかったが、今では幸い自由にCDを買えるようになった。たまたま見つけた「いいアーティスト」が売れてなさそうだと、消えて欲しくないという気持ちから、ついCDを買うハードルが下がってしまう。貧乏根性は相変わらずなので、何枚もは買わないけどね。
ずいぶん前置きが長くなってしまったが、そんな最近の「いいアーティスト」をいくつか紹介する。消えてしまいそう、などと言っては失礼なんだろうけどね。
◆楠木あや
はじめは「楠野紋子」という名前でコロムビアからのデビューだった。安定感のあるみごとな唄いっぷりだったが、マキシを2枚出して、沈黙してしまった。その後TBSの「噂の!東京マガジン」を見ていたら、エンディングテーマに聴き覚えのある声。徳間ジャパンから「楠木あや」で再デビューしていた。でも、またしてもマキシ2枚で沈黙してしまったようだ。
コロムビア時代、何とかファーストアルバムまでたどり着いて欲しいと、普段は買わないマキシを2枚とも買った。このマキシは、驚くほど良い録音、っていうか打ち込み系なんだけど丁寧な作りの音だった。ちょっとドンシャリだったけど。さすが老舗コロムビアだと思った。
◆smiles davis
まだインディーでアルバム1枚なんだけどね。それに彼らはそれぞれ別の仕事を持ってるので、消える心配ってのも変だけど、長く続けて欲しいということで。
詳細はこちら。
◆Olivia
シンガポール出身のシンガー。最初のアルバムは「a girl meets bossanova」。日本市場へのパイロット的なアルバムで、結構しっとり系のJazzボーカルが、ネット上のオーディオファンの間で、ちょっと話題に上った。次は「Olivia Ong」という名前になって、アルバム「precious stones」で正式デビュー。打ち込み系のダンスミュージックに変わり、これもネットで話題になった。ただし、こんどは失望の声が相次いだ。「Olivia」に戻ることが望まれているのは言うまでもない。Noonと同系なんだけどね。
◆池田綾子
「water colors」「Lunar soup」の2枚のアルバムをリリース。2ndの出来が飛躍的に良くなっていて、かなり好評のようなので安泰かな。ただ、2nd以降、シングルもマキシも出ていないのが気になるが。
素朴な声が、心に染みとおる。柴田淳がお好きな方は、こちらも気に入るのではないか。武蔵野音大の声楽科を出ているということで、唄には折り紙つきだ、って学歴に弱いのかオレは。
◆Mink
中島美嘉と激しくかぶる声質だ。でもこっちの方がアダルトで全然安定感がある。「mink」と「e+motion」の2枚のアルバムをリリース。その後の活動も活発なようなので安心か。Jazz方面に行ってくれたら、とっても似合う声だと思うのだが、エイベックス系のレーベルじゃ無理かな。畠山美由紀と同じレーベルではあるんだが、エロカッコイイ倖田來未と同じでもある。
◆Noon
オーディオファンならご存知の方も多かろう。もう3枚もアルバムを出しているので、上記のアーティストたちと一緒に語るのは間違いか。Jazzの人たちは、独特のペースで息長く活動していくんだろうね。
◆諫山実生
NHK「みんなのうた」のおかげで、「月のワルツ」がちょっとヒットした。5枚のアルバムの内の3枚がCCCDという、とっても消費者を馬鹿にした東芝EMIからのリリースだ。私はCCCDは買わない主義なのだが、「月のワルツ」がヒットする前、この手のアーティストは、東芝EMIがどんなに反省したって通常CDでの再発はないだろうと思って、主義を曲げて買ってしまった。当然我が家のNo390SLでは再生しないので、CD-Rに焼いて聴いている。悪いのは日本法人の東芝EMIよりも、本国のEMIの方だってのは知ってるけどね。
ちなみに、最新アルバム「Woman」は、まだ購入を迷っている。売れ筋を意識した曲が、なんか気に入らないのだ。諫山実生はアコースティックな素朴なスローナンバーが似合うのだ。「竹田の子守唄」みたいなね。
◆柴田淳
ここで名前を上げるのは間違えてる。チャート常連のアーティストだ。でも、なんかメジャーな香りがしなくって、どんなに売れようが安心できなくって、応援の手が緩められない。録音的には、中域のブ厚い音作りで、とても落ち着いて聴けて、なおかつ飽きることがない。リリースされた4枚のアルバム、4枚ともいまだにヘビーローテーションしている。
残念なのは、アルバム「ひとり」がConnecteDで、CCCDでもないのに我が家のNo390SLで再生できなかったことだ。ドリーミュージックに問い合わせたら、工場で検査してみるので送り返せと、ご丁寧な回答をいただいたのだが、面倒だったので、これまたCD-Rに焼いて聴いている。
ちなみにアルバム「わたし」は、うれしいことにHDCDだ。
あ、不満も言っておこう。DVDの「しば漬け」「しば漬け2」は曲単価が高すぎだ。買う気にならない。
◆いろいろ式部、Cyber-ber
番外。もう跡形もなく消えてしまったグループだ。
パイロット的に一部の流通からリリースした「Too Late To Love」、当時まだ逆風が吹いていた音楽配信に提供した「恋のタイムリミット」、そして、いろいろ式部からの選抜メンバーのCyber-berとなり、大手プロバイダーのTVCFタイアップもついたキングレコードからのメジャーデビュー曲「show ME the future」・・・。そこまでだった。
アーティストの成功には本人たちの実力もさることながら、所属事務所や音楽出版、レコード会社をはじめ、支援者らの力も大きく影響することを、身をもって知った。ちなみに、「Too Late To Love」が一番好きだったなぁ。
歌謡曲やフォークが、まだ詞のひと文字にひとつの音符を当てていた昔、確か吉田拓郎さんあたりが洋楽みたいに一語(word)ごとにメロディに乗せて唄いだしたのが、ひとつの邦楽の転換点だったと思う。そう「結婚しようよ」とかだね。どうやらそのあたりから、フォークソングからニューミュージックというジャンルが派生したという説が有力のようだ。
私の感覚から言うと、ニューミュージックの起源といわれる吉田拓郎さんや井上陽水さんは、まだまだ社会的なメッセージ性が強くて、昔からのフォークソングの延長にあると感じている。ニューミュージックっていうのは、もう少しアカ抜けて、ごく私的な詞にPOPなメロディをつけた、それよりちょっと後の荒井由実あたりからじゃないかと感じている。
そのニューミュージックが真っ盛りの頃に、私の青春も真っ盛りであった。なんか恥ずかしいゾ! まさにその頃の話しだ。
ニューミュージックを代表するメジャーアーティストといえば、松任谷由実、イルカ、中島みゆき、杏里、山下達郎、大滝詠一あたりか。で、その次のセカンドグループぐらいにいた、中原めいこ、門あさ美、須藤薫、当山ひとみの4人が、私の仲間内では定番のドライビングミュージックだった。そうホイチョイ・プロダクションズの「私をスキーに連れてって」の頃かな。懐かしすぎて、涙が出そうだ。
はじめてデートに誘う女の子に「この曲知ってる?いいだろ『当山ひとみ』って言うんだよ」なんて、ちょっと遊び慣れてる風に教えてあげるのが、とってもカッコイイと思っていた。ユーロビート一色だった同世代のなかで、ちょっと意外性のある、でもセンスのいい選曲で、スタンスの広さを見せたかった。いやいや、そんな不純な動機ばかりじゃなくて、自分が見つけた「いいアーティスト」を他の人にも教えてあげたい、そういう純粋な気持ちの方が80%くらいだったんだけどね。ホントだってばさ。
言い忘れたが、この頃はまだオーディオを知らない。
あれからもう20年くらいが過ぎてしまった。世の中のことが分かってきて、再販制度で守られているレコード業界も市場原理から隔離されているわけではなくて、どんなに唄のうまいアーティストでも、CDが売れなきゃ姿を消してしまうということを、悲しいくらいに知ってしまった。そうそう、気がついたらニューミュージックという言葉も聞かれなくなって、代わりにJ-POPというジャンルが現われていた。
貧乏学生だった頃は、CD買う金があったら、まともにメシを食いたかったが、今では幸い自由にCDを買えるようになった。たまたま見つけた「いいアーティスト」が売れてなさそうだと、消えて欲しくないという気持ちから、ついCDを買うハードルが下がってしまう。貧乏根性は相変わらずなので、何枚もは買わないけどね。
ずいぶん前置きが長くなってしまったが、そんな最近の「いいアーティスト」をいくつか紹介する。消えてしまいそう、などと言っては失礼なんだろうけどね。
◆楠木あや
はじめは「楠野紋子」という名前でコロムビアからのデビューだった。安定感のあるみごとな唄いっぷりだったが、マキシを2枚出して、沈黙してしまった。その後TBSの「噂の!東京マガジン」を見ていたら、エンディングテーマに聴き覚えのある声。徳間ジャパンから「楠木あや」で再デビューしていた。でも、またしてもマキシ2枚で沈黙してしまったようだ。
コロムビア時代、何とかファーストアルバムまでたどり着いて欲しいと、普段は買わないマキシを2枚とも買った。このマキシは、驚くほど良い録音、っていうか打ち込み系なんだけど丁寧な作りの音だった。ちょっとドンシャリだったけど。さすが老舗コロムビアだと思った。
◆smiles davis
まだインディーでアルバム1枚なんだけどね。それに彼らはそれぞれ別の仕事を持ってるので、消える心配ってのも変だけど、長く続けて欲しいということで。
詳細はこちら。
◆Olivia
シンガポール出身のシンガー。最初のアルバムは「a girl meets bossanova」。日本市場へのパイロット的なアルバムで、結構しっとり系のJazzボーカルが、ネット上のオーディオファンの間で、ちょっと話題に上った。次は「Olivia Ong」という名前になって、アルバム「precious stones」で正式デビュー。打ち込み系のダンスミュージックに変わり、これもネットで話題になった。ただし、こんどは失望の声が相次いだ。「Olivia」に戻ることが望まれているのは言うまでもない。Noonと同系なんだけどね。
◆池田綾子
「water colors」「Lunar soup」の2枚のアルバムをリリース。2ndの出来が飛躍的に良くなっていて、かなり好評のようなので安泰かな。ただ、2nd以降、シングルもマキシも出ていないのが気になるが。
素朴な声が、心に染みとおる。柴田淳がお好きな方は、こちらも気に入るのではないか。武蔵野音大の声楽科を出ているということで、唄には折り紙つきだ、って学歴に弱いのかオレは。
◆Mink
中島美嘉と激しくかぶる声質だ。でもこっちの方がアダルトで全然安定感がある。「mink」と「e+motion」の2枚のアルバムをリリース。その後の活動も活発なようなので安心か。Jazz方面に行ってくれたら、とっても似合う声だと思うのだが、エイベックス系のレーベルじゃ無理かな。畠山美由紀と同じレーベルではあるんだが、エロカッコイイ倖田來未と同じでもある。
◆Noon
オーディオファンならご存知の方も多かろう。もう3枚もアルバムを出しているので、上記のアーティストたちと一緒に語るのは間違いか。Jazzの人たちは、独特のペースで息長く活動していくんだろうね。
◆諫山実生
NHK「みんなのうた」のおかげで、「月のワルツ」がちょっとヒットした。5枚のアルバムの内の3枚がCCCDという、とっても消費者を馬鹿にした東芝EMIからのリリースだ。私はCCCDは買わない主義なのだが、「月のワルツ」がヒットする前、この手のアーティストは、東芝EMIがどんなに反省したって通常CDでの再発はないだろうと思って、主義を曲げて買ってしまった。当然我が家のNo390SLでは再生しないので、CD-Rに焼いて聴いている。悪いのは日本法人の東芝EMIよりも、本国のEMIの方だってのは知ってるけどね。
ちなみに、最新アルバム「Woman」は、まだ購入を迷っている。売れ筋を意識した曲が、なんか気に入らないのだ。諫山実生はアコースティックな素朴なスローナンバーが似合うのだ。「竹田の子守唄」みたいなね。
◆柴田淳
ここで名前を上げるのは間違えてる。チャート常連のアーティストだ。でも、なんかメジャーな香りがしなくって、どんなに売れようが安心できなくって、応援の手が緩められない。録音的には、中域のブ厚い音作りで、とても落ち着いて聴けて、なおかつ飽きることがない。リリースされた4枚のアルバム、4枚ともいまだにヘビーローテーションしている。
残念なのは、アルバム「ひとり」がConnecteDで、CCCDでもないのに我が家のNo390SLで再生できなかったことだ。ドリーミュージックに問い合わせたら、工場で検査してみるので送り返せと、ご丁寧な回答をいただいたのだが、面倒だったので、これまたCD-Rに焼いて聴いている。
ちなみにアルバム「わたし」は、うれしいことにHDCDだ。
あ、不満も言っておこう。DVDの「しば漬け」「しば漬け2」は曲単価が高すぎだ。買う気にならない。
◆いろいろ式部、Cyber-ber
番外。もう跡形もなく消えてしまったグループだ。
パイロット的に一部の流通からリリースした「Too Late To Love」、当時まだ逆風が吹いていた音楽配信に提供した「恋のタイムリミット」、そして、いろいろ式部からの選抜メンバーのCyber-berとなり、大手プロバイダーのTVCFタイアップもついたキングレコードからのメジャーデビュー曲「show ME the future」・・・。そこまでだった。
アーティストの成功には本人たちの実力もさることながら、所属事務所や音楽出版、レコード会社をはじめ、支援者らの力も大きく影響することを、身をもって知った。ちなみに、「Too Late To Love」が一番好きだったなぁ。
![]() | 先日購入した「中原めいこ / ゴールデン・ベスト」。当時売れてたアーティストも、今となってはオリジナルのアルバムは入手困難に。やべ、「当山ひとみ」も買っとくか。 |
Stealth Indra Amorphous XLR (2本目)
1本だけでも最終目標を達成したと思っていたStealth Indra、2本目がなんと今手元にある。1本目を譲ってくれた方から、試聴のためにもう1本お借りしたのだ。実は1本目を安く譲っていただいた際も、2本目のお誘いを受けたのだが、次の理由からご辞退していた。
(1)高額な買い物が続いたので出費を控えたかった
(2)我が家のGoldmundのパワーアンプはバランス接続不可だと思っていた
(3)同一ケーブル2本使いは個性が強調されて好ましくないと思っていた
ところが、(1)はともかく、(2)は最近誤解だと気づいたので、(3)の疑いが払拭されていい結果が得られれば、これまた絶好のチャンスとばかり、またまた辛抱たまらず試聴のお願いをしてしまった。
今回の2本目はプリ−パワー間、今のJPS Labs Superconductor2との比較となる。あれ、デジャブ!じゃなくて、偶然、いや当然1本目と同じ比較になってしまうのだ。
チェックCDは「LaShell Griffin / Free」、「akiko / mood indigo」、それと「Sarah Brightman / harem」。
まず「LaShell Griffin / Free」7曲目「Rise」。出だしのピアノの印象は、腰高で小ぶりになった感じ。低域の成分が減り、音像が小さくなった。これは、単純にSuperconductor2の影響が消えたためだと思う。続くウィンドチャイムがはっきりと聴き取れるのは、音が濃くなったせいか。その次にギター、ボーカル、ストリングス、コーラスと続くが、Indraの特徴と思っていた静寂性はそれほど感じられない。え〜?Superconductor2が思いのほか優秀だったのか。そう言えば、Superconductor2を購入する際、私の中ではNo.2のStereovox BAL-600と比較したが、それほど大きく劣っているとは思わなかったなぁ。いや、レンジの広さと低域の力強さは、Superconductor2の方が勝っていた。これは弱った。Indraとの価格差ほどの優劣は感じられないということか?
さらに聴いてゆく。10曲目「Faith」。予想通り、ベースの低音はゴリッとしたところがなくなって、迫力がなくなる。ボーカルのエコーの微弱音は、聴き取りやすい。音量が上がったわけではなく、音が濃くなったせいと感じる。このへんから、Indraの特徴を形作っている要素のひとつひとつが、何となく見え始めたような気がする。とりあえず高域はツルツルときめ細かく、ほんの少し余韻が長い。
11曲目「Better Days」。この曲は不思議な曲で、高域を美音に彩る機器だと、催眠術にかかったようにウットリと聴き入ってしまう曲だ。過去にそのようになってしまったのは、Octave HP-500SEとFM Acoustics FM266だった。ひょっとしてIndraもか、と思ったがそこまではいかない。きっとIndraは色をつけないからだね。
「akiko / mood indigo」3曲目「In The Afternoon」。この曲は1本目のIndraのときに、センターと左SPの間にビシッと定位し、クッキリと浮かび上がったギターを聴かせてくれた曲だ。しかし、この2本目では定位感には大きな変化はない。低域が失われてしまった分、何か空々しく、生々しさが薄れてしまったか。
最後に念押しと思って聴いた「Sarah Brightman / harem」1曲目「Harem」で確信めいた印象を得た。Indraの特徴は、中高域の音の濃さ、それと無音とのコントラストだ。1本目のインプレッションで触れた特徴、『圧倒的な静寂性』とか、『音場の端の髪の毛一本まで描ききった感じ』とは、中高域の音を、音像を大きくせずに、高密度で色濃く発し、無音とのコントラストを高めることにより静寂性を印象付けること、また、音場の端に至るまで、微弱音をもカスレさせることなくしっかり聴かせることである。弱点は、低域の力強さに欠けるところにある・・・なんて言い切ってみた。当たらずしも遠からず、だと思うんだけどナ。
さて、このような特徴を持つIndraに、果たして価格ほどの価値を認めることができるだろうか。幸い同一ケーブル2本使いにより、個性が強調されてしまったというマイナスの感じはない。低域の力感の弱さは、今後強化したいと思っている電源ケーブルで補えるハズだ。中高域の無音とのコントラスト、それもノンシールドの閉塞感のない、開放された空間を感じさせる抜けの良さを伴ったもの、これはこのケーブルでしか得られない。って、かなりプラシーボ入ってるかなぁ。
一定レベルを超える製品は、ほんの少しの性能アップでも等比級数的に高価格となる。オーディオだけではなくて、割と一般的に言えることだよね。例えば自転車、重量9〜8kgを切る軽量化を極めたロードバイクは、一気に数十万円になる。
あとは財布との相談、って試聴をお願いした時点で、9割がた心は決まっていたような・・・あとは納得できるイイワケってことか。またひとつ自分自身への信頼を失いそうだ。
追記その一
『静寂性』=『音と無音のコントラスト』という関係で説明してきたが、優秀録音といわれるCDをあれこれ聴いていると、また違う一面が感じられる。それは音と無音の『温度差』だ。
音の温もりは、私が今までCDP、SP、PreAMPの選定で追求してきたものである。Indraの使用により、その求めてきた温もりが隅々までいきわたり、あたかも凍えた手先、足先に血が通い始めたかのごとく感じることができる。
Indraはさらに無音部の冷たさと、その境界をクッキリと表現することで、温もりを立体的に浮き立たせる。まるで高原の美術館の屋外彫刻を観るかのように、ひんやりと爽やかな大気の中、広大な庭に立ち並ぶ、凛とした作品の数々を眺めているような、そんな気持ちにさせる。
このケーブル、やっぱり手放せないゾ・・・
追記その二
本日、ありがたく購入させていただいた。感謝。
(1)高額な買い物が続いたので出費を控えたかった
(2)我が家のGoldmundのパワーアンプはバランス接続不可だと思っていた
(3)同一ケーブル2本使いは個性が強調されて好ましくないと思っていた
ところが、(1)はともかく、(2)は最近誤解だと気づいたので、(3)の疑いが払拭されていい結果が得られれば、これまた絶好のチャンスとばかり、またまた辛抱たまらず試聴のお願いをしてしまった。
今回の2本目はプリ−パワー間、今のJPS Labs Superconductor2との比較となる。あれ、デジャブ!じゃなくて、偶然、いや当然1本目と同じ比較になってしまうのだ。
チェックCDは「LaShell Griffin / Free」、「akiko / mood indigo」、それと「Sarah Brightman / harem」。
まず「LaShell Griffin / Free」7曲目「Rise」。出だしのピアノの印象は、腰高で小ぶりになった感じ。低域の成分が減り、音像が小さくなった。これは、単純にSuperconductor2の影響が消えたためだと思う。続くウィンドチャイムがはっきりと聴き取れるのは、音が濃くなったせいか。その次にギター、ボーカル、ストリングス、コーラスと続くが、Indraの特徴と思っていた静寂性はそれほど感じられない。え〜?Superconductor2が思いのほか優秀だったのか。そう言えば、Superconductor2を購入する際、私の中ではNo.2のStereovox BAL-600と比較したが、それほど大きく劣っているとは思わなかったなぁ。いや、レンジの広さと低域の力強さは、Superconductor2の方が勝っていた。これは弱った。Indraとの価格差ほどの優劣は感じられないということか?
さらに聴いてゆく。10曲目「Faith」。予想通り、ベースの低音はゴリッとしたところがなくなって、迫力がなくなる。ボーカルのエコーの微弱音は、聴き取りやすい。音量が上がったわけではなく、音が濃くなったせいと感じる。このへんから、Indraの特徴を形作っている要素のひとつひとつが、何となく見え始めたような気がする。とりあえず高域はツルツルときめ細かく、ほんの少し余韻が長い。
11曲目「Better Days」。この曲は不思議な曲で、高域を美音に彩る機器だと、催眠術にかかったようにウットリと聴き入ってしまう曲だ。過去にそのようになってしまったのは、Octave HP-500SEとFM Acoustics FM266だった。ひょっとしてIndraもか、と思ったがそこまではいかない。きっとIndraは色をつけないからだね。
「akiko / mood indigo」3曲目「In The Afternoon」。この曲は1本目のIndraのときに、センターと左SPの間にビシッと定位し、クッキリと浮かび上がったギターを聴かせてくれた曲だ。しかし、この2本目では定位感には大きな変化はない。低域が失われてしまった分、何か空々しく、生々しさが薄れてしまったか。
最後に念押しと思って聴いた「Sarah Brightman / harem」1曲目「Harem」で確信めいた印象を得た。Indraの特徴は、中高域の音の濃さ、それと無音とのコントラストだ。1本目のインプレッションで触れた特徴、『圧倒的な静寂性』とか、『音場の端の髪の毛一本まで描ききった感じ』とは、中高域の音を、音像を大きくせずに、高密度で色濃く発し、無音とのコントラストを高めることにより静寂性を印象付けること、また、音場の端に至るまで、微弱音をもカスレさせることなくしっかり聴かせることである。弱点は、低域の力強さに欠けるところにある・・・なんて言い切ってみた。当たらずしも遠からず、だと思うんだけどナ。
さて、このような特徴を持つIndraに、果たして価格ほどの価値を認めることができるだろうか。幸い同一ケーブル2本使いにより、個性が強調されてしまったというマイナスの感じはない。低域の力感の弱さは、今後強化したいと思っている電源ケーブルで補えるハズだ。中高域の無音とのコントラスト、それもノンシールドの閉塞感のない、開放された空間を感じさせる抜けの良さを伴ったもの、これはこのケーブルでしか得られない。って、かなりプラシーボ入ってるかなぁ。
一定レベルを超える製品は、ほんの少しの性能アップでも等比級数的に高価格となる。オーディオだけではなくて、割と一般的に言えることだよね。例えば自転車、重量9〜8kgを切る軽量化を極めたロードバイクは、一気に数十万円になる。
あとは財布との相談、って試聴をお願いした時点で、9割がた心は決まっていたような・・・あとは納得できるイイワケってことか。またひとつ自分自身への信頼を失いそうだ。
追記その一
『静寂性』=『音と無音のコントラスト』という関係で説明してきたが、優秀録音といわれるCDをあれこれ聴いていると、また違う一面が感じられる。それは音と無音の『温度差』だ。
音の温もりは、私が今までCDP、SP、PreAMPの選定で追求してきたものである。Indraの使用により、その求めてきた温もりが隅々までいきわたり、あたかも凍えた手先、足先に血が通い始めたかのごとく感じることができる。
Indraはさらに無音部の冷たさと、その境界をクッキリと表現することで、温もりを立体的に浮き立たせる。まるで高原の美術館の屋外彫刻を観るかのように、ひんやりと爽やかな大気の中、広大な庭に立ち並ぶ、凛とした作品の数々を眺めているような、そんな気持ちにさせる。
このケーブル、やっぱり手放せないゾ・・・
![]() | Cadenzaに刺さった4本の白いケーブル。この光景を見てしまうと、他のケーブルを想像しようとしても、脳ミソがもう言うことを聞かない。ダダこねてるガキと同じかよ、オレ。 |
追記その二
本日、ありがたく購入させていただいた。感謝。
Eighth Nerve コーナーRC
Indraを譲っていただいた方から、コーナーRCを自作したと聞いた。QRDやスカイラインを自作という話しはタマに聞くが、コーナーRC自作は初耳だった。我が家の低音過多な環境に悩む私としては、ガゼン興味を持った。
不器用で無精な私に自作は無理としても、三角形のクッションとか市販されていないかと思い探したが、そんな都合のよいものは見つからなかった。よく考えるとクッション4つの方が高くつきそうだし、コーナーRCの多孔(?)で硬質な板状の内容物のノウハウは簡単に真似できそうにないので、素直に購入することにした。
製品が届き、実物を見て・・・自作したくなる気持ちがよく分かった。薄手の白無地の布キレにクッションと板状のものを入れ、ミシンで三角に縫い合わせただけのものだ。もう少し高級感を出そうという気にならなかったのかねぇ。
気を取り直して、取り付け。我が家の壁は、付属のピンが通らないので両面テープで貼り付けた。高級感がない分、多少曲がっても気にならないのがいいところ、ってか。
さて、音出し。チェックCDはいつもの「LaShell Griffin / Free」。
あれ?明るくなった。出だしのピアノのキーが上がったかのようにも聴こえる。よく聴くと、中高域の成分はあまり変わらず、低域の響きが減じている。そのせいで、明るく、軽やかに、少し腰高に聴こえる。フォーカスが締まって、若干音像も小さくなったような。高域のウィンドチャイムはあまり変わらないが、男性ボーカルは、低域が減じて10歳くらい若返った。
一番違いが分かるのはベースなどの低音だ。ボワンとした濁った響きがなくなって余韻が短くなり、音の実体がよく分かる。Goldmundなどの特徴のハイスピードとは、ちょっと違う。あくまでも低域のよけいな響きが消え、重い霧が晴れて実体が見えた、という印象だ。当たり前だね、ルームアコースティックで、低音の制動力が増すわけがない。
いずれにしても低音過多で悩んでいた我が家にとっては、大変よい効果だ。このコストでこれだけの効果は上出来だと思う。広くはない洋室でオーディオを楽しむ方には、自信を持ってオススメできる・・・たぶん。
しかし不思議なものだね、SPからそれぞれ一番遠い角の対策なのに、SPから出る音が変わったように感じる。この調子で、エコーRC、シームRCに手を出すか、と言うとちょっと考え物だな。我が家の壁面は角が多いし、何よりこの製品は見た目が安っぽくてインテリア性があまりない。
今、じっくりとCDを聴いていると、低域の耳障りな圧迫感がなくなり、自然とボリュームを少し上げてしまう。部屋のサイズは変わっていないのに、何だか定在波も軽減されてしまったようだ。こりゃ、低域に力感のある高級電源ケーブルを入れる準備ができてしまったなぁ。うれしくもあり、悩ましくもある。
不器用で無精な私に自作は無理としても、三角形のクッションとか市販されていないかと思い探したが、そんな都合のよいものは見つからなかった。よく考えるとクッション4つの方が高くつきそうだし、コーナーRCの多孔(?)で硬質な板状の内容物のノウハウは簡単に真似できそうにないので、素直に購入することにした。
製品が届き、実物を見て・・・自作したくなる気持ちがよく分かった。薄手の白無地の布キレにクッションと板状のものを入れ、ミシンで三角に縫い合わせただけのものだ。もう少し高級感を出そうという気にならなかったのかねぇ。
気を取り直して、取り付け。我が家の壁は、付属のピンが通らないので両面テープで貼り付けた。高級感がない分、多少曲がっても気にならないのがいいところ、ってか。
さて、音出し。チェックCDはいつもの「LaShell Griffin / Free」。
あれ?明るくなった。出だしのピアノのキーが上がったかのようにも聴こえる。よく聴くと、中高域の成分はあまり変わらず、低域の響きが減じている。そのせいで、明るく、軽やかに、少し腰高に聴こえる。フォーカスが締まって、若干音像も小さくなったような。高域のウィンドチャイムはあまり変わらないが、男性ボーカルは、低域が減じて10歳くらい若返った。
一番違いが分かるのはベースなどの低音だ。ボワンとした濁った響きがなくなって余韻が短くなり、音の実体がよく分かる。Goldmundなどの特徴のハイスピードとは、ちょっと違う。あくまでも低域のよけいな響きが消え、重い霧が晴れて実体が見えた、という印象だ。当たり前だね、ルームアコースティックで、低音の制動力が増すわけがない。
いずれにしても低音過多で悩んでいた我が家にとっては、大変よい効果だ。このコストでこれだけの効果は上出来だと思う。広くはない洋室でオーディオを楽しむ方には、自信を持ってオススメできる・・・たぶん。
しかし不思議なものだね、SPからそれぞれ一番遠い角の対策なのに、SPから出る音が変わったように感じる。この調子で、エコーRC、シームRCに手を出すか、と言うとちょっと考え物だな。我が家の壁面は角が多いし、何よりこの製品は見た目が安っぽくてインテリア性があまりない。
今、じっくりとCDを聴いていると、低域の耳障りな圧迫感がなくなり、自然とボリュームを少し上げてしまう。部屋のサイズは変わっていないのに、何だか定在波も軽減されてしまったようだ。こりゃ、低域に力感のある高級電源ケーブルを入れる準備ができてしまったなぁ。うれしくもあり、悩ましくもある。
![]() コーナーRC 前方右側 ![]() コーナーRC 後方右側 | 写真で分かるとおり、我が家にはコーナーが沢山ある。梁が多いということで、耐震性は万全だ!と考えて安心しておくことにする。 これじゃコーナーRC、4つじゃ足りないじゃん、と思ったが、とりあえずそれぞれ一番深いコーナーに取り付けた。 効果のほどが心配であったが、結果の満足度は高い。 |
SPとSPケーブルの試聴
ショップでの試聴。別件で伺ったのだが、せっかく来たのでということで試聴させていただいた。機器構成は次のとおり。
Esoteric P-03
↓
Esoteric D-03
↓
BAT VK-51SE
↓
CLASSE CA-2200
↓
Wilson Audio Sophia-2
●Wilson Audio Sophia-2
今回のメインはもちろんこのWilson Audio Sophia-2だ。まだ、納入されてから1日しか音出ししていないとのこと。このときSPケーブルは、Kimber Kable KS-3038だ。
聴いた第一印象は、System-7の弟分らしい音、ということだ。当たり前すぎて情けない感想だが。余計な響き、余分な音の成分は一切乗せない、そんな生真面目な音だ。澄み切った冷たい空間に、飾らない音が淡々と鳴っている、そんな印象。ちょっと硬質で、音場に広がりが足りないのは1日しか音出ししていないせいか。我が家のAlto Utopia Beとは、かなり違う傾向のSPだ。私が追求してきた温もりのある、実体感のある音とは別な方向性の音、と言えるだろう。
このSophia-2のウーファーは25cm、System-7の20cmより大きい分、余裕のある低域を聴かしてくれるとのことだったが、残念ながらそれを感じることはできなかった。まぁ、音出し1日じゃ、しょーがないか。
全体の機器構成の影響もあるだろう。真面目でやや神経質な優等生であるEsotericとKS-3038とそしてSophia-2に対して、マドンナのBATとCLASSEが一生懸命に色気を出そうとしているんだけど、力及ばずといった感じかな。あ、いや、これはこれで魅力なんだと思うが、あくまでも私の求める方向性と違うということで。
●Wasatch Cable Works LC-ULTAMA
ここでSPケーブルをKimber KS-3038からWasatch Cable Works LC-ULTAMAに交換。LC-ULTAMAは、見た目は質素な、いやどちらかと言うと貧弱なケーブルだ。高級感があまりない。銀と銅のハイブリッドとのことだが。
音はKS-3038と比べると若干柔らかい印象。KS-3038は、硬質な音で、ボーカルが高域で声を張るとちょっと耳が痛かったが、LC-ULTAMAはそんなことはない。しかし、KS-3038の澄み切った空間は、少し淀んだか。立体的に描き分けられていた音像が、やや平面に並んでしまったような印象もある。この辺は、空間表現が得意なKS-3038と比較してしまったらカワイソウか。
LC-ULTAMAの一番の特徴は、その音質だろう。濡れたような音、とは店長の表現だが、聴いてみるとその意味がよくわかる。少し尾を引くように感じるのは、FM Acousticsに似ていると思った。しかし、FM Acousticsのようなツルツル、ツヤツヤではなく、水のようにサラサラなのだ。硬質なところがなくなり、多少低域方向に振れたのだろうが「温もり」とか「潤い」とはちょっと違う。キメが細かくなり、余韻が長くなって、やっぱり「濡れた」ような音という表現がしっくりする。
今回は比較の相手が悪かった。音色には好感が持てるのだが、音場、空間表現でミソを付けてしまった。この上位のSPケーブルが米国にはあるらしい。こうなったら、そっちも聴いてみたい。
今、我が家のオーディオを聴きながらふと思ったのだが、もしかしてWilson Audio Sophia-2は、我が家のような決して広くはない洋室、ライヴで低域の籠もりがちな環境で聴くと、ちょうどバランスが取れているかもしれない。いや、環境の短所を機器の特徴で埋め合わせてはいけないかな?問題が複雑になるだけかも。
Esoteric P-03
↓
Esoteric D-03
↓
BAT VK-51SE
↓
CLASSE CA-2200
↓
Wilson Audio Sophia-2
●Wilson Audio Sophia-2
今回のメインはもちろんこのWilson Audio Sophia-2だ。まだ、納入されてから1日しか音出ししていないとのこと。このときSPケーブルは、Kimber Kable KS-3038だ。
聴いた第一印象は、System-7の弟分らしい音、ということだ。当たり前すぎて情けない感想だが。余計な響き、余分な音の成分は一切乗せない、そんな生真面目な音だ。澄み切った冷たい空間に、飾らない音が淡々と鳴っている、そんな印象。ちょっと硬質で、音場に広がりが足りないのは1日しか音出ししていないせいか。我が家のAlto Utopia Beとは、かなり違う傾向のSPだ。私が追求してきた温もりのある、実体感のある音とは別な方向性の音、と言えるだろう。
このSophia-2のウーファーは25cm、System-7の20cmより大きい分、余裕のある低域を聴かしてくれるとのことだったが、残念ながらそれを感じることはできなかった。まぁ、音出し1日じゃ、しょーがないか。
全体の機器構成の影響もあるだろう。真面目でやや神経質な優等生であるEsotericとKS-3038とそしてSophia-2に対して、マドンナのBATとCLASSEが一生懸命に色気を出そうとしているんだけど、力及ばずといった感じかな。あ、いや、これはこれで魅力なんだと思うが、あくまでも私の求める方向性と違うということで。
●Wasatch Cable Works LC-ULTAMA
ここでSPケーブルをKimber KS-3038からWasatch Cable Works LC-ULTAMAに交換。LC-ULTAMAは、見た目は質素な、いやどちらかと言うと貧弱なケーブルだ。高級感があまりない。銀と銅のハイブリッドとのことだが。
音はKS-3038と比べると若干柔らかい印象。KS-3038は、硬質な音で、ボーカルが高域で声を張るとちょっと耳が痛かったが、LC-ULTAMAはそんなことはない。しかし、KS-3038の澄み切った空間は、少し淀んだか。立体的に描き分けられていた音像が、やや平面に並んでしまったような印象もある。この辺は、空間表現が得意なKS-3038と比較してしまったらカワイソウか。
LC-ULTAMAの一番の特徴は、その音質だろう。濡れたような音、とは店長の表現だが、聴いてみるとその意味がよくわかる。少し尾を引くように感じるのは、FM Acousticsに似ていると思った。しかし、FM Acousticsのようなツルツル、ツヤツヤではなく、水のようにサラサラなのだ。硬質なところがなくなり、多少低域方向に振れたのだろうが「温もり」とか「潤い」とはちょっと違う。キメが細かくなり、余韻が長くなって、やっぱり「濡れた」ような音という表現がしっくりする。
今回は比較の相手が悪かった。音色には好感が持てるのだが、音場、空間表現でミソを付けてしまった。この上位のSPケーブルが米国にはあるらしい。こうなったら、そっちも聴いてみたい。
今、我が家のオーディオを聴きながらふと思ったのだが、もしかしてWilson Audio Sophia-2は、我が家のような決して広くはない洋室、ライヴで低域の籠もりがちな環境で聴くと、ちょうどバランスが取れているかもしれない。いや、環境の短所を機器の特徴で埋め合わせてはいけないかな?問題が複雑になるだけかも。









